南京でアジア主義者(仮)の中国人に出会った話
中国旅行をしていると、印象に深く残り忘れられない人との出会いやエピソードがいくつかできる。
日本では反日のイメージが深い中国で、日本人だという理由で実際に嫌な思いをしたことはほぼなかった。「昔のことは昔のことだよね。国同士でなにがあっても、人と人は別」とむしろ政治や歴史の話には深く言及しないことが多い。
そんな中、南京で出会ったアジア主義者(仮)の主張はとても奇抜で面白いものだった。
「どうして南京に来たの?」
2018年9月22日。中秋節の連休で南京へ一人旅した。
地下鉄新街口駅近くのゲストハウスに着くと、日本人という物珍しさから宿主がいろいろ質問してきた。彼は28歳で長身、スキンヘッドが特徴の人当たりのいい青年だ。
「専攻が政治学で、歴史に興味があるんです」
私が答えると、彼は「平安時代をしってるか?」と言ってきた。
もちろん知ってる。
続けて更に「ズーティエンシンチャンは知ってるか?」と聞いてくる。
ズーティエンシンチャン。なんだろう……。
多分歴史上の人物名なんだろうけど、中国語読みだと全然わからない。
発音が違うのでピンとこないことを察してくれた彼は、メモを取り出して文字を書いてくれた。
あ、織田信長ね。知ってる知ってる。
今度は筆談を交えながら、「織田信長は稲葉山城を持っていて、岐阜の地名も彼が孔子の故郷から取って名付けたもので……」となんとも詳細に戦国時代豆知識を語りだした。やけに詳しい。岐阜の由来とか知らなかった。
何故私は南京のゲストハウスで、戦国豆知識を中国人から教わってるんだろう…。
三國志が好きな日本人がいるように、日本の戦国時代が好きな中国人もいるだろう。そういう人なのかもしれない。
「そういえば、一番興味あるのは近代史なんですよ」
と私が告げると、自信満々に今度は近代史について語りだした。
「板垣征四郎は死刑になったよね」とか「日本軍の師団数は13師団くらいだったけど太平洋戦争のころには200師団以上になったよね」とか。
あまりの詳しさに驚いた私が、「どうしてそんなに詳しいの?歴史が好き?何の本で読んだの?」といくら聞いても、微笑むだけで全く答えてくれない。
なんで……?
話を聞いてると、どうやら五年ほど軍隊にいたことがあるらしい。
しばらくすると突然彼は「東亜一体化」と書き出した。
東亜一体化。自然と戦前の東亜新秩序が想起される。
しかしよく聞いてみると、これからの国際情勢において、東亜一体化が重要だという。
「韓国と日本は国土は小さいけど、高い技術力がある。中国には自然、人などの資源がある。この三か国が一体化したら、西洋諸国に必ず対抗できる!」
なんだろう、すごく既視感のある考え方だ。
「現在、中国とアメリカだけが世界のルールを作る能力を持っているでしょ?」
世界のルールってなに?
「貿易とか、政治とか、軍事とか」
まあそう言えるかもしれない。
「いずれ東洋代表、西洋代表として両国はぶつかることになる。そのときに備えるためにも、東アジアの団結が欠かせないんだよ」
石原莞爾のようなことを言い出した。
面白い考えだね。こうなるのがあなたの理想なのね?
「いや理想じゃないよ。いずれこうなる。これが世界の趨勢だよ」
どうしてそんなに自信満々なのだろう?!
でも、日中関係はいろいろな問題を持っているよね。尖閣とか、歴史認識問題とかさ。
「そんなの些細な問題だよ。中国の発展が続けばきっとアジアは一つになれる。そもそも尖閣問題なんて、アメリカが日中関係を混乱させたくてけしかけている側面もあるんだ」
かつてのアジア主義者といわれる日本人たちが、日本を盟主とする東アジア一体化の夢を語ったように、この中国人もまた当たり前のように中国主導による東アジア連合の理想を熱く語っていた。
この時私は、約1世紀のタイムラグがあるものの、戦前の日本人アジア主義者の傲慢さのようなものを彼を通して体験したような気がした。
この宿主、次の日1日中南京の史跡案内をしてくれてめちゃくちゃ親切だった。
【前編】船で大阪から上海まで行ってみたら、絶景とその代償がすごかった
はじめに
飛行機が嫌いだ。
軽度の高所恐怖症なのもあるし、あんな大きいものに乗って空を飛ぶということに理屈ではなく漠然とした不安がある。
でも、留学するためには中国へ行かなければならない。
そんな時選択肢として上がったのが大阪上海間の日中国際フェリー「新鑑真号」。
二泊三日朝食付きで学生18000円!
飛行機と同じくらいの値段だし、荷物制限も飛行機よりゆるい。
船でゆったり瀬戸内海を眺めながら留学先へ向かう。なんだかすごくロマンチック!
2018年8月28日、わざわざ東京から新幹線で大阪まで向かい、大阪港から旅立った。飛行機で上海に行くより手間も費用もかかっている気がしたが、ロマンには代え難く、期待に胸が膨らんだ。
その先に想像以上の絶景とその代償が待ち受けているとも知らずに……。
乗船、出航…
乗船開始は9時から。気合を入れて8時には到着したらロビーには誰もいなかった。
というか、乗船時刻になっても人はまばらでせいぜい30人くらい?
出国手続きはパスポートチェックと体温検査、荷物チェック。ものの10分で終わってなんだか本当に出国するのか緊張感がない感じ。でも、赤外線体温計か何かを使って2秒くらいで終わった体温検査だけは初めてで特別感があった。
私が予約したのは二等室の和室だ。大部屋に各自の布団を敷いて寝る雑魚寝部屋。
同じ値段なら二等室洋室のほうが個人のベッドもあるしカーテンもあるし、快適じゃないかと思うかもしれない。しかし、乗客数が少ないのならば広々とスペースを使用できる和室の方が便利とみた。
結果、同部屋の乗客は一緒に同行した友人と、中国人女子大生1人だけ。かなり自由に荷物を広げられて良い選択だった。
同じ部屋の鄭夏ちゃんは、1年間の日本語留学から帰国するために、わざわざ秋田の大学から大阪まで新幹線で来たらしい。素敵な帰国の仕方だ。
船内は綺麗。トイレはゴミ箱にトイレットペーパーを入れる中国式。ビールは酒税がかからないからかなり安い。たくさん飲もう。
1日目 しんみりする関門海峡
食事は朝は無料で、昼夜は食堂で好きなものを注文する。日本語ができる人はいるから言語の心配はないはず。大抵500円前後で、船内にしては良心的かも。
お昼を食べてゴロゴロしたら、甲板に出てみた。
瀬戸内海の島々を眺めながら夕日を迎えられるって贅沢すぎる。
18:30頃、日没を迎えた。今まで見た夕日の中で一番美しかった。これ以降は周りの明かりも乏しいため外は真っ暗だ。しかし漁港を通過するたびにぽつぽつ電気が見えてなんだか安心する。
23:40頃、福岡が見えて来た。関門海峡だ。写真を撮るのが下手すぎて伝わらないが、イルミネーションみたいでほっとする。新鑑真号に乗るなら夕日とともにぜひ見てみてほしいスポット。
関門海峡を過ぎて以降は、瀬戸内海からいよいよ東シナ海へ出ることになる。明日起きたらきっともう日本は見えなくなっているだろう。日本の通信会社の電波ももうそろそろ入らなくなる。少し寂しい。疲れたからシャワーも浴びずに寝た。
後編に続く
【後編】船で大阪から上海まで行ってみたら、絶景とその代償がすごかった
2日目 憂鬱な東シナ海と謎の水餃子タイム
2日目、船内アナウンスで目を覚ますと、外はもう一面の海。周りには何もなかった。船内も昨日と違って大きく揺れている。大きな揺りかごに乗ってゆっくり揺らされているような動きなので、揺れ方を掴めば転ぶことはないと思う。甲板は塩っぱい海風が強くて、目がぱさぱさになる。
朝食は中華式か洋式かどちらかを選択する。中華にしてみた。油条、饅頭、肉まん、粥って炭水化物ばっかじゃん、美味しい。中国を感じる。
私は乗り物酔いには弱い方ではないと思う。バスとか車で気持ち悪くなることはほぼないし、船に乗るは大好きだ。以前かなり揺れる漁船に乗った時も大丈夫だった。
でも、今日はグロッキー。普通の船酔いみたいな気持ち悪さというよりは、じわじわ無気力になる感じ。酔い止めを飲んでみたけどあまり効かない。とりあえず朝食を食べたらまた寝た。この揺れ、横になっている分には結構心地がいい。
昼食。憂鬱な気分のままカレーを食べる。学食のカレーって感じで良い。電波がないからネットも繋がらないし何かする気にもなれなくて、Kindleで購入してた安彦良和『ガンダムTHE ORIGIN』を24巻全部読んでしまった。面白かった。
同室の友人と中国人の鄭夏ちゃんもぐったり横になっている。夜ご飯はそこまで食欲がないので自販機のカップラーメンですませた。
そう、なぜなら今日は夜の9時に謎の水餃子タイムがあるから!
2日目の夜9時頃になるとチャイム放送で「水餃子ができました。食堂にお集まりください。」と流れる。この情報は他の人の旅行記で知っていただけであって、船のホームページにもパンフレットにも記されていない、謎の隠しイベントだ。
食堂に行くと300円ほどで謎の水餃子券を得ることができる。
というか普段から昼食と夕食のメニューに水餃子はある。なぜこの日のこの時間にだけ水餃子が振舞われるのか?謎だ。普通に美味しい。
昨日はシャワーに入っていない。今日こそは入らないといけなかった。シャワールームも普通に清潔で使い勝手がいい。ただドライヤーを受付で借りなければいけないのが面倒臭い。
23時過ぎにシャワーからあがったら、受付はもう閉まっていた……。そうか受付時間内に借りないといけなかった。どうしよう。
甲板に出た。甲板の海風は相変わらず強風で、ドライヤー代わりにできなくもない。8月なのに結構冷える。周囲には何の明かりも、何の物体も見えない。ただ月明かりだけが異様に光って見えた。なんか夜の海って怖い……。
ある程度髪が乾いて部屋に戻ると、塩分で髪がべたべたした。
3日目 いきなり揚子江
アナウンスで目が覚めた。あまり船が揺れていない。
海が茶色い。これよく写真で見る上海の色じゃん!海っていうか、もう揚子江に入っているみたい。
10:45頃、上海外灘に到着。天気良過ぎない?
タラップを降りてバスでターミナルへ。入国手続きは空港と同じだ。航路の入国検査にも2018年4月から始まった指紋検査が導入されていた。指紋を登録すると「買収ありがとうございました」と謎日本語が表示されるのが気になった。
さいごに
この二泊三日、瀬戸内海から揚子江に至るまで海を眺め放題だった。こんなに旅情深い移動手段ってなかなかない。夕日も夜景も、船内の怪しい日本語表記も完璧だ。船酔いも思っていたよりはひどいものではなかった。
でも、本当の船酔いは陸に上がってから襲って来た。歩いていても、寝ていても、座っていてもとにかく視界が揺れる。気持ち悪いとかではない。明らかに船内にいるような感覚がずっと残る。車に乗った後に降りるともっとひどく、軽くふらつく。
陸酔いといって、海上で数日間過ごすと起きる現象らしい。
その後上海観光をしている間も、留学先である武漢に着いて入学手続きをしている間も、結局船の中のような気分で過ごすことになった。